9月 3rd, 2010

東京から若い友人が来たので、仕事帰りに迎えに行った。
喫茶店ひとつない、田舎くさい街に不釣りあいな超お洒落な文化会館がある。
駅と連結しており、音楽ホール、展示室、喫茶店、それから図書館まである。
日本の街は全体として整備されていないのに、
突然その一部に、超贅沢でお洒落な建物がたつ。
喫茶店から外を見る。
芝生が夕日に映える。
こどもたちが遊んでいる。

このど広い空間は、ただただホールと駅との通路だ。
ぜいたく過ぎる。
通路の左手が長細いかたちの図書館になっている。

芝生の見える全面ガラス窓は、すばらしい空間。
「街も自分の家の庭」「家の一部」と思うことにしている。
だからすごく贅沢な生活。
広々して都会的な喫茶店はコーヒーが300円でお代わりもつくので
わたしはしばしば書斎がわりに使っている。
家はちいさくてお金をかけず、周囲の環境に恵まれている。
毎日、あっちこっちえ通えばいい。そんな暮らしがいいな。
あ、友人のあずさがそろそろ着く!

9月 1st, 2010

家から出ていった子供たちは、その瞬間から「親類になる」と知人が言う。ほんとだ。
娘たち家族が来ているので、急いで帰った。
帰り道、キャベツ畑が光って空に美しく映えていた。
私は若いころから、親元に帰りたくなかった。
休みなら、自分の家でしたいことが山のようにあった。
その性分は今も同じだ。
みんな、娘だ、孫だと言っているが、わたしは自分のしたいことが
山のようにある。
けれど、先日新聞にこんなことが書いてあった。
「一年に一回は娘や息子に帰っておいで、と言う。一年に一回の帰省で
息子夫婦の仲や、孫の成長がうまくいっているか、何気なく観察できる」と。
いい考えだと思った。
私もそれを読んでから一年に一回くらいのペースで「おいで」と誘いをかける。
娘や息子たちも、来たくて来るばかりじゃあない。
親孝行のひとつだと思って、忙しい仕事の合間をやりくりしている。
そのことをよく知っているし、お互いに努力していることはよくわかっている。
人生の大半を子供や孫で埋めるのが、いちばんラクチンだ。
でも私は、十分に育ててきたので、これからこそ自分のためだけに
時間を使いたい。
何もしてもしなくても、一生はあっという間に過ぎてしまうだろうけれど。
そうそう。
一番辛抱してくれているのはレモンとイチゴだ。
孫と比べるなんて!と目くじらたててほしくない。
動物は物言えないだけに、がんばってるな、と思うこともいっぱいある。
そのことをわかってやれる人間でありたい。

8月 31st, 2010

急に涼しくなった。
室内で23度だった。陽のあたる場所で27度か28度だ。
いまどきエアコンを使わなくていい所など、このあたりくらいだ。
軽井沢も暑かった。多分、北海道もここより暑いと思う。
知床を旅したとき、暑さにまいった。
レモンが珍しく、コロンと寝た。
ほんの一瞬だった。すぐスックと座った。立った。

あいかわらず。飽きず。外をながめる。
外はいいよね。世界が広がっている。

イチゴは年柄年中、ひっくりかえっている。
ひっくり返りながら、外をながめている。

8月 30th, 2010

軽井沢の大賀ホールで、一時間使い放題リサイタル体験を募集していて、
だいぶ前に申しこんであった。
大賀ホールのスタンウエィを弾ける、というだけで申しこんだのだった。
観客はだれもいず、練習でもリサイタルでも、一時間ならなんでもいいという。
とにかく、そんなすばらしいピアノに触れたい一心だった。
どんな音がするのだろう、わくわくだった。
ところが、ピアノはヤマハだった。
しかも観客がいた、観光客だろうか。8人ほど。
きゅうきょ、マイクを持って挨拶をし、リサイタル形式にした。
練習をしていかなかったので、結果はさんざんだった。
弾けなくなって、途中でやめざるを得なくなった。
外に出たら、東京からホールの下見に来ていたプロの女性が
聴いていたらしく、声をかけられた。
「先回、このホールで、世界でもっとも有名な方の演奏会を聞きました。
2回目があなたでした。でも音がきれい。なかなか良かったですよ」と言われた。
「でも弾けなくなって黙ってやめたのは残念です。練習不足で弾けません、
ごめんなさい、ときちんと挨拶をなさるべきでしたよ」とおっしゃった。
わたしは謙遜のあまり、突然幼児のようなふるまいをしたのだった。
下手でも、不器用でも、堂々と生きる、堂々と振舞うことの大切さを学んだ。
「はずかしい!という経験をしただけでも良かったんじゃない。
あんな恥ずかしい体験、普通はしないでしょう」と夫は言ってくれた。
観客がいてもなくても、やっぱり楽器を奏でるということは
人が聴いてもこころよく聴こえること。
そのためには、やたらむづかしい曲を弾かず、
自分の丈に合った曲を美しい音色で弾けるように。
手が動くかどうかより、美しい音を出せてるかどうか。
わたしはそれを大切にしようとこのごろ思う。
発表会でただ一曲弾くのではなく、自分の持ち時間の中で
人に聴かせる体験をしたことは、結果は惨憺たるものだったが、いい経験だった。

8月 29th, 2010

昔住んでいた村に、大豆を仕入れに行った。
大きくて甘くて、しかも一キロ400円だ。
「豆腐屋でもするんかい」というくらい買う、使う。
村にテレビドラマの撮影によく使われる桜並木がある。
仕入れた後、通ってみた。
誰ひとりいない。
静かな喫茶店がある。
数年ぶりで立ち寄った。

静かな静かな時間。
昨夜のガストは、若い人であふれかえっていた。
きんきん声がいやだ、と夫は言う。
でも活気があって、わたしは好き。
パソコンでも本でも雑誌でも持って、何時間でもOK。
でもこれくらい静かなのもいい。
帰りたくない。
と思うくらい快適な空間。
家に帰ったら、待ってましたっ!とばかり二匹が寄ってきた。
待ってるんだろうな。

8月 28th, 2010

サイトウキネンフェスティバルでオペラを見た。
オペラなるものを見たことがなかった。
サイトウキネンフェスティバルのオペラは、チケットがとれないと
聞いていた。なのであきらめていたが、案外かんたんにとれた。
「サロメ」
一時間半という短い時間の中で、濃厚なオペラの良さが
味わえた。
「サロメ」は踊りがついているので、ダンスの好きなわたしは
歌、管弦楽、踊り、すべて一度に味わえる、最高だった。
テレビでオペラを見ても、感激なんかちっともしなかった。
こんなおもしろくもないもの、と思っていた。
でも、目の前で見ると迫力が全然違いすぎる。
テレビのオペラ番組とは、全く違う芸術だということがわかった。
また機会があったら、行ってみたい。
このごろ、「自然」より、「人間が作ったもの」に関心がある。
いろんなものに触れてみたい。
☆ ☆ ☆
みんなお洒落して来ている。
わたしは、夫に送ってもらったが、洋服を変える時間もなく。
着ていくお洒落な洋服がなく。
それに車が混んでいて動かず、仕方なく車からひとり降りて、
往復一時間歩いた。
汗だくだく。心臓がどきどきして、まったく倒れそうだった。
お洒落もへったくれもあったものじゃない。
オペラを観劇に行くような優雅な暮らしをしていない。
20才だったころ、いろんな芸術に好奇心を燃やした。
しょせんはそのレベルである。ということはしっかり確認した。
でも、この年齢で「少女」をやるのも勇気が「とエネルギーがいるんだよ。
見栄とか体裁も無し、だし。

8月 27th, 2010

「あの夏の子供たち」という映画のレイト ショーに行った。
夜の外出は控えているので、だいぶ迷ったが、
思いきって出かけることにした。
思いきって行ってよかった。
資金ぐりに困り、追いつめられて自殺に至ったフランスの独立映画会社の社長の
実在の話を元にしている。
3人の娘たちと過ごした楽しい夏の思い出。
残された妻と娘の再生の物語りだ。
ミア・ハンセン・ラブという弱冠29才の女性監督。
脚本も自ら書いたというからすごい。
自殺というテーマを、あまりにみずみずしい感性と抑制したタッチで
表現しており、私の中では評価80点だった。
映像も良かったが、音楽がタイムリーにすてきに挿入されていた。
重く哀しいテーマなのに、最後に流れた曲は「ケ・セラセラ」だった。
「死も人生の出来事のひとつだよ、ってきっとパパなら言うわ」
という一言がこころに残った。

8月 26th, 2010

友達からコスモスをいただいた。
野菜もよくいただく。
本当にありがたい。
彼女はこないだまで働いていたが、今は年金暮らしかな。
うんと健康的で元気ではつらつとしている。
反して、わたしこと、いつもお疲れぎみだ。
妹にもいっぱい手伝ってもらってどうにか仕事している。
今日の読売新聞によると、たった0.5%の高収入者が
税金総額の23%を負担しているという。
私もその0.5%に入っていると思うが、働くのは大変だ。
いろんなことを、いっぱいいっぱいいっぱい犠牲にしてきた。
お金の稼げる人はお金で、時間のある人は時間で。
それぞれの力を貸して助けあえることがいいと思う。
一生懸命働いて税金を払っている人の貢献度を、みんな気づいていない。
「好きねえ」「どれだけ稼ぐつもりでいるの」「遊べないでしょう」よく言われる。
「あら、あなたの代わりに働いているのよ」と嫌味のひとつもいいたくなる。
特に女性の場合、いかにいろんなことを犠牲にしていることか。
働くこと、その代価としてお金をいただくことは、どんなに
障害があったりしても、本来は楽しいこと。
見栄や体裁をすて、みんなが能力に合った楽しい仕事を見つけて働くことを
とても大事なことに思える社会であったらいいと思う。
働くことは、楽しいこともいっぱいあるよ。

8月 24th, 2010

猫の天敵は、ちいさな子供です。
ママの息子が、ちいさな子供3人を連れて、突然やってきました。
イチゴはもう、おびえまくり、隠れまくっていました。
いつもの勢いの良い、ヤンチャなイチゴはどこへいったの?

レモンはさすがお兄ちゃんです。
まずは隠れました。
しかし次第に姿をあらわし、観察をはじめました。
天井の梁から、しっかり観察しています。

最後には、子供たちのそばにいましたが、
イチゴは最後まで慣れることはなかった。
甲高い声、予測不能の動き。
猫にしてみれば最後まで得体の知れない生き物。
何をされるか信用の出来ない生き物であるようでした。
子供は本来やさしいものですが、残酷なものでもあるので
それは正しい身構えであるようにも思えました。
テーブルの下、手すりの隙間など、子供の来れない所よく知ってます。
☆ ☆ ☆
生まれて初めて見る猫。
「ある日、おばあちゃんのおなかが痛くなったの。
それで病院に行ったら、赤ちゃんですよ、って言われたの。
パカッとおなかが開いて、出てきたのがレモンとイチゴでしたぁ
。だからパパとママの子供がこの猫ちゃんでーす」
などとおとぎ話を聞かせたら、子供たちは真剣に聞いていました。

8月 22nd, 2010

今日のブログの写真をポストカードにしてみました。
本の出版は、作るより売るのが大変なので、
ポストカードにしたら?との案が出ています。
私も、それも楽しいかな、と思っているところ。
「売る」ことが大変過ぎて、今出版業界に問題が出ていること。
以前に出版してみて、身にしみています。
無理して本にして、あっという間に忘れられるより、ポストカードで
じわじわと楽しめるのもいいかなと思います。
ポストカードも可愛いでしょう。