
先日、ためしてガッテンでやっていた低温蒸しのことを書いた。
その後もまあまあ続けている。
そして先日、薬局の待合室で奥園とし子さんの料理本があったので見た。
「子育てで忙しい人向けの料理本」という内容だった。
その要約を話すと、忙しい人の料理は「下ごしらえ」が基本である、というような
内容だった。
食事の時間が近くなってから「さあ、何作ろう」なんていう人は、ムダな時間を
使っている頭の悪い人(だって)。
前日。前々日あたりから予定を考え、下ごしらえしておくとどんなに子育てで
忙しくても、ちゃちゃちゃと作って、子供と遊ぶ時間が作れるという。
そういう考えは、私もできることなら そうしたいものと思っていた。
だけど、なかなか実行できるものでもない。
でも、いいアイデアが書いてあった。
キッチンをいつも、常時開放しておくという考え方だ。
これには目からウロコが 2、3枚落ちた。
つまり、「今から下ごしらえしなきゃ」などと思うと、休日がゆううつになる。
しかし、キッチンを通りかかった時にはいつでも、ちょっとだけ
何かをしておく、っていうのなら わたしのようなキッチン好きには そんなに
出来ないことではない。
今も、昼ご飯の皿を洗ったついでに、牛蒡の皮を向いて、水につけた。
わずか2~3分だった。
ピーマンを洗って細切りにしておいたり、人参を低温蒸ししてタッパーに
入れてある。
人参もこうやっておくと、かんたんに和え物やサラダに使えるのでとても便利だ。
どれも、お皿を洗っている間にやったり、コーヒーが入るまでにやったりする。
キッチンはいつもきれいに片つけておくように言われ、私もそう思っていた。
でもいつも解放しておいて、まな板や包丁やボールを出しておく。
通りかかった時に、さっと何かをしておくくらいなら、ほんのわずかの時間で
できる。
ビニールの袋に調味料をぱっぱっといれ、肉を入れておくこともそれだけなら簡単だ。
ピーマンの細切りや、牛蒡の皮むきも、夜おそく帰宅して、さあ
やろうと思っても、けっこう面倒でやれるものではない。
つい野菜の少ない料理になってしまう。
これから年老いても働き続けるためには、家事のやり方をどんどん進化
させていかないとやっていけない。
私のように、いくつになっても働こうとする忙しい暮らしは、今風ではない。
誰もが、できたら働きたくない、楽しいことラクなことを求めて生きていく。
でも究極の貧乏な人や究極の忙しい人は、こうやって暮らしに工夫を重ねるしかない。
私の友人のひとりは、究極の貧乏、その上、病気。でもその工夫は、知恵の宝庫でもある。
それは意外に楽しいことでもあるらしく感心してしまう。
そうそう、貧乏や忙しさとは無関係な人でも参考になると思うよ。
だってわたしたちには 究極の老化生活が待っているのだもの。
極度の貧乏、極度の多忙、病気そして老衰みなおなじ!!
80才はおろか、90才、95才になっても、料理しながら暮らしていかなければ
いけないのだから、女性はね。
ブログを書いているそばのロッキングチェアでレモンが寝ていた。
今日はお風呂に入れたので、私の洋服の上で寝てもオーケーよ。

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何時間寝るつもりやぁ・・・












