8月 2nd, 2009

musini

先日、ためしてガッテンでやっていた低温蒸しのことを書いた。

その後もまあまあ続けている。

そして先日、薬局の待合室で奥園とし子さんの料理本があったので見た。

「子育てで忙しい人向けの料理本」という内容だった。

その要約を話すと、忙しい人の料理は「下ごしらえ」が基本である、というような

内容だった。

食事の時間が近くなってから「さあ、何作ろう」なんていう人は、ムダな時間を

使っている頭の悪い人(だって)。

前日。前々日あたりから予定を考え、下ごしらえしておくとどんなに子育てで

忙しくても、ちゃちゃちゃと作って、子供と遊ぶ時間が作れるという。

そういう考えは、私もできることなら そうしたいものと思っていた。

だけど、なかなか実行できるものでもない。

でも、いいアイデアが書いてあった。

キッチンをいつも、常時開放しておくという考え方だ。

これには目からウロコが 2、3枚落ちた。

つまり、「今から下ごしらえしなきゃ」などと思うと、休日がゆううつになる。

しかし、キッチンを通りかかった時にはいつでも、ちょっとだけ

何かをしておく、っていうのなら わたしのようなキッチン好きには そんなに

出来ないことではない。

今も、昼ご飯の皿を洗ったついでに、牛蒡の皮を向いて、水につけた。

わずか2~3分だった。

ピーマンを洗って細切りにしておいたり、人参を低温蒸ししてタッパーに

入れてある。

人参もこうやっておくと、かんたんに和え物やサラダに使えるのでとても便利だ。

どれも、お皿を洗っている間にやったり、コーヒーが入るまでにやったりする。

キッチンはいつもきれいに片つけておくように言われ、私もそう思っていた。

でもいつも解放しておいて、まな板や包丁やボールを出しておく。

通りかかった時に、さっと何かをしておくくらいなら、ほんのわずかの時間で

できる。

ビニールの袋に調味料をぱっぱっといれ、肉を入れておくこともそれだけなら簡単だ。

ピーマンの細切りや、牛蒡の皮むきも、夜おそく帰宅して、さあ

やろうと思っても、けっこう面倒でやれるものではない。

つい野菜の少ない料理になってしまう。

これから年老いても働き続けるためには、家事のやり方をどんどん進化

させていかないとやっていけない。

私のように、いくつになっても働こうとする忙しい暮らしは、今風ではない。

誰もが、できたら働きたくない、楽しいことラクなことを求めて生きていく。

でも究極の貧乏な人や究極の忙しい人は、こうやって暮らしに工夫を重ねるしかない。

私の友人のひとりは、究極の貧乏、その上、病気。でもその工夫は、知恵の宝庫でもある。

それは意外に楽しいことでもあるらしく感心してしまう。

そうそう、貧乏や忙しさとは無関係な人でも参考になると思うよ。

だってわたしたちには 究極の老化生活が待っているのだもの。

極度の貧乏、極度の多忙、病気そして老衰みなおなじ!!

80才はおろか、90才、95才になっても、料理しながら暮らしていかなければ

いけないのだから、女性はね。

ブログを書いているそばのロッキングチェアでレモンが寝ていた。

今日はお風呂に入れたので、私の洋服の上で寝てもオーケーよ。

isu

                                         ↓

何時間寝るつもりやぁ・・・

nete

7月 19th, 2009

ふた回りも年若い友が過労で倒れた。

健康な人だった。

でも私から見ると、あれもこれもやり過ぎている。

行動的だし、社交的だし、本当に魅力的な人だ。

でもエネルギーにはかぎりがあること、人生にはかぎりがあることを知っていない。

たいていの人は 目標を持て、プラス思考が大事だという。

私のように「引き算」の人生を主張する人は稀だ。消極的に見えてしまう。

でも私は「いやなことはしない」

「大事だと思わないことはしない」それだけで人生の方向を決める。

でもそうやっていると、人生がシンプルになるし、本当にやりたいことが見えてくる。

50歳を過ぎて再婚したというと、行動的ね、積極的ね、といわれる。

でも再婚したかったのではなく、それまでの結婚生活が私の結婚生活のすべてに

なるのが嫌だったのに過ぎない。

結婚なんていやだったわ。もうしないわ。っていう人生を避けたいと思っただけ。

似たようなことだと思うかもしれないが、自分の中では位置づけが全然違う。

これからも、どんどん引いていくぞって思っている。

そうそう。

今日は夫がニッコウキスゲを見に行きたいと言った。

つきあってあげたい気持ちも十分にあって迷ったけれど、

どうしても行きたいことではない。

ニッコウキスゲが咲き乱れている様子はたしかに美しいと思う。

でも、私にとってわざわざ行くほどのことではない。

だからやめた。

出かけたがりの夫だから、また今度連れだしてくれたときには、乗ることにしよう。

7月 8th, 2009

gakhu

再開すること4回目の今回、再開して9ケ月が過ぎた。

懲りずに再開したおかげで、今の先生に出会えた。

今回ピアノを始めてから、ピアノのレッスンが、呼吸をするように簡単で

自然だ。

水泳でも、自転車乗りでも、そういうのってあるでしょう?

苦しくて苦しくて仕方なかったのに、息つぎを体が覚えたとたん

呼吸をするように自然に泳げているってこと。

それと同じなんです。

どんなに長い曲でも、たった一小節だけを、いやいや、たったひとつの♪だけを

弾くように教えられるので、それなら誰にでもできるんです。

どんなに長い、むづかしい曲でも、たったひとつの♪のつながり。

だから 指で ポーンと ひとつの音が弾ける人なら 最後には

どんな難曲でも弾けるっていうわけ。

うそだって思うでしょ?

でもやってみると、その通りなんです。

どんなにむづかしいところでも、先生と一緒にやると、そこが一時間ほどで

クリアできるので、本当に不思議。

      ☆     ☆     ☆

今の先生に習うようになってから、私の診察も良くなったと思う。

患者さんには批判なんかぜったいしない。

全部を受けいれてあげて、その人が今できることをひとつだけ

そっとアドバイスする。

その積み重ねでその患者さんの人生が良くなっていくと信じることが

できるから。

          ☆      ☆      ☆

今から30年こうやって続けていたら、きっと30年後にすばらしいピアニストに

なっていると確信できる。

今までは、ピアノ、あっという間に飽きていたのに、今は呼吸しているのと同じ

なので、飽きるって言葉が存在しない。

不思議!

毎日フルタイムで働いて、夜はプールだ、当直だっていうわけで ピアノに向かう時間の

あることが不思議なくらい絶対的に時間がない生活。

でも呼吸するのと同じなので続いている。

本当に不思議。

出会いって不思議。

私にとっての今回の出会いには、何か不思議な力が働いていると自分では感じている。

それくらい、自分の中で何かが変わってきている。

写真はショパンのノクターンの最後のところ。8合目まで来た。

6月 17th, 2009

若いころは、なんせ経験がないから年長者の言うことがすべてだった。

「人生は短い」なんて言うから、そんなもんだと思って。

あわてて結婚し、いそいで子供を産み、あくせくと子育てをした。

終わってみると、その後の人生の長いこと、長いこと。

子育ての期間より、子供が成人してからの期間のほうがすでに

長くなってしまった。

「こんなはずじゃなかった」とはまさにこのことだ。

もし、中断されることさえなければ、これからがまた長い。

80歳、90歳でお元気な患者さんと接すると、これからまだ20年30年、

あるんだと実感させられる。

となると、まあ中断したらしたとして、あと30年あると考えた上で

人生設計を立てておいたほうが良さそうだ。

      ☆     ☆     ☆

私がピアニストになりたい、などというと10人が10人、ほほ笑む。

本気にしていないことがわかる微笑みだ。

でも、あと30年あるとしたら、最後の10年に年寄り専用のデイケアに

通って赤ちゃん扱いされるより、ピアニストになっていたほうが、

よほどカッコいいことはたしかだ。

わたし自身は、まったくの本気である。

誰も信じてはいないようだが、本人が本気なんだからそれでいい。

ピアニストを目ざす子供は、子供だっていろんな遊びを我慢するらしい。

友人と遊ぶ暇にレッスンするらしい。

わたしがこの年齢で、ピアニストになろうというからには、

いろんなことを制限し、からだも鍛えておかないといけない。

仕事をやめるわけにはいかない状況なので、きびしい状況だ。

変人だと思われるだろうね。

つきあいが悪いと思う人も出てくるだろうね。

失礼なことがあったらごめんね。でもつきあいも雑事も

わたしにとってはどうでもいいの。許してね。

でもね。今そうしなかったら。

80歳になったとき、20年前のあの時、どうして決心していなかったかと

後悔するに決まっている。

20年だよ。

20年も、毎日毎日、ただただ雑用を作って日を送るのはもったいないよ。

そんなわけでピアノを再開して半年がたったが、今回の再開だけは

なぜか飽きることがまったくなくて、続いているし楽しいよ。

出会いって不思議。

今の先生に出会った、というそれだけで、人生が変わってしまったのだから。

65歳でフルートを始めた友人の男性は、毎日朝夕2時間のレッスンを欠かさず

数年以上たったという。

無職の方でも毎日2時間のレッスンを続けるのは並大抵ではなかろう。

60歳でも70歳でも、新しい何かに挑戦して挑戦し続けられるなら

多分それだけでしあわせね。

6月 3rd, 2009

わたしはいつも奥にひきこもっていてほとんど出かけないので、

まさに「奥さん」。

でも、今日は一年ぶりで、ぷちドライブをして楽しんできました。

車の点検が隣の県のトヨタであるので、午後から年休をとったのです。

片道一時間、行って帰ってくるだけでも疲れそうですが、同じ行くならと。

山懐に抱かれた知人の家に寄って、立ち話しをして。

穏やかで心洗われるような素敵な田舎でしょう?

yama

キャンピング カーの内装をしている夫の建築現場に立ち寄って。

仕事ぶりを見せてもらってきました。カッコ良かったです。

kuruma

3年前まで住んでいた、以前のわが家の前を通りかかって。

思わず車を止めました。

白樺の樹の根っこにわずか一株植えたラベンダーが、こんなに増えて、

本当に素敵な雰囲気をかもし出していました。

抜いて新しい家に移動させようかどうか迷ったのでしたが、残してきて良かった!

私の植えた薔薇もとても大輪の花を咲かせていました。

あんなに華やかだった鉄線も置いてくれば良かった!

(持ってきた鉄線は、今こちらの庭で元気なく咲いています)

どんなに素敵にこのおうちの庭を色どっていただろうに・・・・・・

やっぱり、花はひっこぬいて移動するものじゃあありませんね。

その根性がだめです、そのお庭のものだと思わなくては!

raben

夫の建てたこのおうちを庭ごと買ってくれたご夫婦は、住みやすくて素敵と、

会うごとにこころから感謝してくださるので、本当にうれしいです。

夫が自分のために建てた家なので、中も本当に本当に素敵になっているんですよ。

3年ぶり。

しばらく車を止めて、ぼーっと眺めていました。

それから馴染みだった村の駅に寄って、たくさん野菜を買いこみました。

家の畑みたいな直売所でした。

yasai

トヨタで点検を行い、AUで携帯を修理してもらい、それから、

昨年まで勤めていた病院の前も通りかかったので、顔を出して。

帰りは高速をつっ走って。

わずか5時間たらずの、ぷちドライブでしたが、楽しかったです。

車の点検などという、やんごとなき用事でもなければ、出かけない

わたしですが・・・・・・・・

ピアニストの修行さえなければ、いつでも出かけたいのだけどね。

わたしの人生の中では、ピアノ レッスンが最優先なのでねぇ・・・・・・・・

5月 25th, 2009

hana

朝日新聞に大きく、洋服の通販が出ていたので、思わず買ってしまった。

3000円とか5000円とか安くで手に入るので、いろいろ買ってみたかったが、

やっぱり考えなおして、やっとふたつにしぼって買った。

今日届いたので着てみたが、気に入らない。

返せるんだけど、もう試着してしまったし、返品は邪魔くさくなってしまった。

やっぱり、洋服は高いものがほしい。

それなりのブランド物には、それなりの味がある。

着心地も全然違う。

お洒落度が全然違う。

ぱっと見ただけで「あ、お洒落な服を着てるな!」ってわかると思う。

夫はお洒落が大好きだ、わたしだって好きだ。

でもわたしの今の暮らしには、高い洋服を買う余裕も着ていく場所もない。

でも、やっぱりせっかく女性に生まれて、お洒落な洋服を着たいと、

本当は思う。

でも女性の洋服は、あまりにも高くて、もう買えないのだけどね。

いかにも高価な洋服っていうのではなかった。

でも洋服にそれなりに糸目をつけなかった、そしておしゃれねって言われた

若い日が今となってはなつかしい。

5月 19th, 2009

kanjya

今日はちいさな診療所で働きました。

大きな病院にくらべて、とても働きやすく、気に入って働いています。

最後の患者さんが、支払いをすませて帰ろうとされているところを確認して。

夕日のさしこむ居室で、ひとりお茶を飲みました。

ほっとする時間です。

pot

仕事の辛い時期がここ一年以上続いて、なんとかしたいと本を読んだりもしました。

でも、こういう本も立派なことばかり書いてあるので、あまり参考になりません。

ina

でも、最近、仕事のほうもちょっと、いい感じなんです。

精神科医の仕事は、「加減」っていうのがむづかしいのです。

一生懸命やりすぎてもだめ。

手を抜いてもだめ。その「加減」が一番むづかしくて苦しむところです。

帰り道、たんぽぽがもう、わたげになって、夕日にあたってきれいに輝いて

いました。

ピアノのレッスンを始めてから、うまく抜け道ができて、仕事のほうも

うまくいくようになった気がしています。

それと、とにかく10時に寝る(と思っていて11時になりますが)こと。

こういう基本的なことが、一番こころの安定や仕事の活力になるように思います。

大切なことって、たいていは基本的なことなんですね。

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5月 17th, 2009

dsc_0119

ビギをたちあげ、そのあとモガをたちあげた稲葉賀恵が新聞に出ていた。

もう70才くらいだと思うが、今だ若い時のオーラは健在だ。

こういう人を「美しい」というのだろう。

なつかしい!

30才すぎ、金沢にいるころ、イナバヨシエの服にはまった。

地味な色なんだけど、どこかおしゃれで、いっぺんに惹かれてしまった。

以来20年、ずっとそればかり愛して着続けた。

大阪に行った10年前から、地味な色やシックな着こなしは

似合わなくなってしまい、パパス(ノンノン)に変えた。

180度変わって、かわいい感じだ。今でも好きだが高くて買えない。

ちょっぴり貧乏しているからだ。

今は、ユニクロかしまむら派なんだけど、ユニクロもしまむらも

ほとんど買わない。

洋服を買うことがまったくない。

知り合いのピアノの先生に「一番の贅沢は何ですか」って聞いたら

「そうね。東京の音楽会に高速バスで行くことね」と言われた。

わたしにも、今の贅沢がひとつだけある。

隠すことではないのだけど、「言わぬが花」なので、ここには書かない。

10年後、20後の結果を見てよ、というような、隠し味的贅沢です。

でも、言っちゃいます。

新鮮な野菜や良質の魚や肉があると、財布と相談せずに、

ぱっぱっと買うこと。通販で良さげな健康食品を見つけると

財布と相談せずに、マウスをクリックして買ってしまうこと。

いわゆる美味しいものをお取り寄せする余裕はないので、指をくわえて

見ているだけだけなので、グルメではないのだけど、

良質のオリーブオイルなどを使っているところなんかは

「お姉さんの唯一贅沢なところね」って 妹に言われています。

ま、話が変わってしまったけど、あんなに着るものに贅沢していた

ころ、「おしゃれな人」って言われていたころがなつかしい、

今じゃ現実的な女性になってしまい、昔の面影なし、ってな話でした。

でもね。

いくつになっても、ジーパンが似合う体型だけは維持するって思っています。

安上がりですむので、とても合理的だと思うから。

5月 15th, 2009

dsc02530

冬の雪山は珍しくありませんが、木々がこんなに緑色に

萌えているのに、山が白い風景は珍しい。

緑と白のコントラストがきれいと思い、思わず車を止めました。

おかげで数分遅刻してしまいました。

めちゃくちゃ朝に弱く、長年遅刻の常習犯だった私が、

3年前から勤務時間も早くなり、道も遠くなったのに、

まったく遅刻しなくなりました。

コツは、単純。早寝早起き。(夫は超のつく夜ふかしです)

それと、家事をまったく手伝わないくせにきれい好きで食欲旺盛な夫のせい。

これはわたしの一番の友人が言うんだから間違いない。

中途半端に優しい、家事好きの夫だと、妻がズボラになる、ぶくぶく太る。

私の夫のような人のほうが、妻はきりきりと家でも動きまわり、食事の手抜きもできず,

妻にとっては太る暇もなく、健康的できれいになる、んだそうです。

だから結婚して夫にもらったものは、健康と健康美。

お金で買えるものではないだけに、ありがたいと思っています。

どんなに腹のたつことがあっても「そうだ、健康をもらったんだった」

と思うと、まったく何でも許せる気になれる。帳消しできちゃうんです。

夫はまったく果報者ですね。

何か言葉や理屈では表せない魅力が夫にあるのか・・・・・・・

あるいは私がよほどのお人よしで単純な性格なのか・・・・・・・

どちらでしょうかねぇ。

両方ってことはない、どちらかだと思いますが、答えはみなさんの

ご想像におまかせします。

         

5月 14th, 2009

今日は夜、仕事が終わってから研修医のための精神科講義をした。

医師会雑誌に載せた文章の評判が良かったので、研修医対象に

講義もしようか、と言い出したのは、自分だった。

でも言い出したくせに、気重で気重で、この3週間、プールも行かず、

ピアノもほとんど練習できなかった。

今夜、やった後の充実感はものすごく大きなものだった。

充実感は大きいし、やる意味もあると感じた。

でもでも、ピアノのレッスンやプールを犠牲にするのは、やっぱり嫌だ。

どうして、自分から苦労を買ってでるような行為に出るのだろう。

自分でも不思議だ。

仕事は面白い。充実感もある。

だけど、やっぱり仕事だけでは嫌なんだろう。

仕事というのは、キリがないのだから 欲ばらずにいなきゃだめだ。

やっぱり80才になったとき

ショパンやバッハを優雅に弾きこなしている女性(おばあさん)になりたいと思う。

仕事はもちろん魅力だけど、仕事ができなくなる日もいずれは来るのだから。