8月 31st, 2008

35年まえの同僚精神科医から、ある論文が送られてきました。

この医師は、みずからの長いうつ病とつきあいながら、精神科医を休むことなく続けている蟻塚亮二医師と

いいます。精神病院開放化で共に戦ってきた仲間です。

           ☆       ☆       ☆

論文の名前は「うつ病のリハビリテーション」です。その中味を要約します。

うつ病というのは、一時的な病でなく、慢性の障害である。だからうつ病からの回復に何が必要かというと、

いささかでも環境や心の構えを変えること。つまり「自己を修正する体験」なくして、薬だけにたよったり

医師に下駄を預けたままでは、この病気は治らない。病気になる前と同じ自分、同じ環境、同じ対人関係、

同じ社会的立場を保存したまま治ることは難しい。環境を変えたり(環境のほうに変わってもらうのでは

ないですよ。環境を変えるというと、環境のほうで変わってもらわないと、理解してもらわないと、と たいてい

の人がいいますがそうじゃないんです。相手は変わりませんからね。これ 私の注です)

そして、「何かしらのふんぎり」「健康的な開きなおり」「人生や対人関係に目からウロコが落ちる体験」など

「以前とは一味違う自分」を発見しなければ、この病気は治らないのではないか。

             ☆        ☆        ☆

わたしがこのエッセイの中で、一番言いたいこと、これから書いたいきたいと思っていたことを はからずも

書いていましたので、紹介しました。

この医師は2歳年下で、決して上司とか先輩ではなかったのに、とても優しい方でした。

今でも思い出すことがいっぱいあります。

医局会といって週に一回、夜おそくまで会議があるのですが、子供たちのことが気になりつつ 下っ端としては

帰ることができません。すると、かならず9時ころになると言ってくださったのです。「〇〇先生、先生はそろそろ

帰ったらいいよ」 その一言で、わたしだけ腰をあげることが出来たのです。

また、医局員7名のうち、一名だけ外国旅行に視察旅行に行けることになったのです。わたしは下っ端ですし、

女性ですし、白羽の矢が当たるわけはありません。彼が行くことになりました、が 彼が言いました。

「僕たちは男性だから、また機会があると思う。でも あなたは女性だから 家事や子育てでなかなか自分から

行けるということはないだろう。この機会にぜひ、あなたが行ってくればいい」 そう言ってくれました。

30数年前の保守的な医師社会で、そんなことを言える先生と共に働けたということが、私の一番のしあわせ

、医師としての原点を作ってくれた病院でした。

私は飛行機がこわかったし、もし何かあったら、子供たちが・・・・と思って 勇気が出なくて行きませんでした。

 その先生は、おみやげに、私の4才の子供にロシアの可愛い帽子をおみやげに買ってきてくださいました。

 また統合失調症の男性がひとり暮らしするにあたって、カンタン料理を研究しては、教えていました。

お金と住まい、あとは料理ができなかったら退院しても暮らしていけない。

わたしはいつも「優しいなあ」と感心して見ていましたし、おおいに影響されたと思います。

意気投合しては共に仕事した、大切な仕事仲間でした。

             ☆        ☆        ☆

さて、今日は 睡眠について書くつもりでしたが、ダウンして一日寝こんでいました。

私は仕事はどうにかがんばってやっていますが、カラダはとても弱いです。その弱さをいつも気に

かけながら暮らしています。

遠出はぜったいしませんし、夜も10時半には休みます。夜の外出はいっさいしないし、とても自分を

いたわりながら暮らしていかないと、とにかく仕事にさしつかえてしまいます。仕事、命なんですから。

先日は ローストビーフの食べすぎだったのでしたが、今回はどうも、枝豆やとうもろこしや トマトを 人に

いただくまま あまりにも美味しくて食べすぎたのが原因だと自分では思うのです。

とにかく何が原因かわからないけど、休日の 3割くらいは寝込んでいます。仕事を休むことは一度もない

わたしですが、日ごろのケアは かなり気を使い、休息を大事にしています。

今は夜の9時半ですが、これ以上パソコンに向かうことも控えています。明日の疲れに影響するから。

これって 半分 ビョーキ?

そんな自分がとても嫌でした。

しかし、今日ダウンしていた日に 蟻塚医師の論文が届き、なんか 目からウロコが落ちました。

蟻塚医師の弱みは「うつ病」です。

でも私の弱みは、この 「弱い体」「弱い神経」じゃないかとふと気づいたのです。

頑健な方とくらべて いつも「なぜ? なぜ? どうして そんなに違うの?」そればかりでした。

でも、タフじゃないのが わたしなんです。どこか 神経も タフじゃないと思う。

本当にこまかいことを気にかけてしまったり、相手のことを考えすぎて 自分の神経を痛めてしまう

ことがよくある。自律神経も不安定で 心臓と目に病気があります。

でも、その弱みを 本当には受け入れていなかったのではないか。 今日、そのことにあらためて

気づいたのでした。

          ☆      ☆      ☆

医師は病気して初めて一人前だと言います。健康なだけの医師には偉そうなことを言う資格がありません。

わからないのですから。

わたしだって、こころの病を治療中の人の 本当の気持ちはきっとわかっていないのだろうな。

偉そうなばかりいつも言って、ごめんね。一生勉強だもの。

蟻塚医師も、うつ病をしたからわかったことがあるのでしょう。

わたしは、普通には健康体ですが、たいていの医師や看護師の持っているタフさがありません。

でも 弱いからこそ、弱い人の気持ちがわかり「自分を大切にしよう」という こういうエッセイが書けると思います。

人には書いているくせに、自分だけはもっと 強くありたいと思っていた 今までのわたし。

今日はつくづくそのことに気づきました。

すぐダウンする弱い私を 人と比べちゃいけない。自分が自分をかわいがってやらなくてはと思った今日の日でした。

原稿は、はかどりませんでしたが 私にとっては 忘れることのできない有意義な一日でした。

8月 30th, 2008

食欲と睡眠は、精神科でも身体科でも大切な項目です。精神科ではぜったい必須の項目です。

食欲は自律神経の支配下にあります。食べている時には、副交感神経優位になります。

多少緊張していても、食事を始めると、リラックスできるようになっています。これはとても大事な

ことです。食事の時間を大切にする人は、一生の健康を保証されているようなものだと思う。

緊張や心配事があると、食欲がピタッと止まります。そんな経験はありませんか。

私は若いころ、たとえば失恋や心配事などで、食欲があまりにもピタッと止まるので驚いたことがあります。

でも、心配事が解決すると、とたんに食欲が回復してモリモリ食べられることにも驚きました。

最近は神経が鈍くなったのか、あるいは人生の波が平穏になってきたせいか、食欲がピタッと止まるような

ことはなくなりました。それでも、食べることは、とても大切にしています。

ある時、こんなことがありました。遅くまで働きながら毎晩の夕食を作ることは結構大変です。そこで夫と相談して

しばらくスーパーでつくり置きのおかずを買って食べることにしたのです。とても楽でした。

ところが、二週間ほどしたころでしょうか。楽をして時間もたっぷりあるはずなのに、食事が終わっても、 仕事の

疲れがとれません。いらいら感さえ出てきました。

その時つくづく気づいたのです。仕事では緊張の連続ですから交感神経優位です。車を運転して帰ってくるの

ですから、ますます交感神経が働いています。

そこで、突然食事の時間、といっても、神経が切り変わらないのですね。お酒でも飲めれば別かもしれませんが、

私の場合は飲めません。

キッチンに立って、あれやこれや考えながら料理をしている間に、少しづつ神経が切り変わっていくのだなあと

実感しました。健康に気をつけるということは、そういうことも含めて考えてあげるということなのでしょう。

また料理を作るという行為は、大変といえば大変ですが、私の場合には、日中使っていた頭や神経を休ませ、

手やカラダを使うことが大事になってくるのだと思いました。また匂いをかいだり、味を見たり、色どりを考えたり

することが、交感神経優位から副交感神経優位に切りかえるときに、よい役割を果たしてくれると思います。

カラダを使って仕事をしている人には、また別の転換法があると思います。

要は使っていないものを使うということでしょうか。

頭も神経も体も使うという人はそんなに多くはありません。だけど看護師さんや小学校の先生、外科や産科の

お医者さんなんかは、3つを同時に使っていないと仕事になりません。

そんな方にとっては、誰にも会わず、ただぼーっとしていたり、逆に馬鹿騒ぎしたり、ということがあってもいいかも。

それぞれに、自分がふだん何を使って仕事をしているかを考え、使っていないことを使う工夫をすることをおすすめ

します。

食欲の話からだいぶそれてしまいました。

私は診察の時には。食欲があるかないかは、あまり重要事項に考えていません。なぜかというと、実は食欲って主観的

すぎてあまり参考にならないんです。

でも 食べることを大切に考えているので、誰といつ、どんな風に、何を食べているかについては かなり詳しく聞きます。

誰といつ、どんな物をどんな風に食べているか聞くだけで、その人の暮らしの半分くらいが見えてくるからです。

忙しさにかまけている人も、食べることを大切にする暮らしをぜひとり戻してほしいと思います。

そうそう、これも余談になりますが・・・・・・・

子育てでも、食べることだけ大事にしていれば、子供は育ちます。むつかしいことを考えるより、一生懸命作ってあげて

美味しい美味しいといいながら一緒にたべているだけで子供は立派に育ちます。

それくらい作って食べるという行為には、愛情と知恵が含まれているからです。

じゃあ、料理のできない人、好きでない人はどうでしょうか。

統合失調症がやっと良くなって退院した男の人がひとり暮らしをする時にも、安くカンタンに作れるおかずを一緒に

考えてあげます。精神科ではそれもまた治療のうちです。が、最近の若い精神科医たちは、そんなことどうでもいいって

言うでしょうね。私はそういうことも治療のうちだと考える、精神科医として最後の世代かもしれません。

8月 29th, 2008

自分の心を見るという体験は、「コロンブスの卵」に似ています。意識してやっていないので、えっ?と思う

かもしれませんが、誰でもやっていますし、出来ます。

「誰でも精神科医になれる法」というわたしのエッセイがあります。精神科医の教科書は何ですか?

フロイトですか? ユングですか?どちらでもありません。精神科医の教科書、それは「自分の心」です。

人の心はぜったいに見えません。だけど自分の心だけは手にとるようにわかります。わたし自身がどんな

ときに、どんな気持ちになるか。自分の気持ちや心の動きを見ることによって法則性を知り、それを相手の

立場になって当てはめてみるのです。人間の心理というものをその繰り返しで学んでいくのです。

と、言ったような内容です。

このことは、病気のなった患者さんにもあてはまります。心の病気になったとき、医師から問われますから

なんと答えようかと考えます。これは普段から考えていないと、診察のとき答えられません。「気分はどう

でしたか?」と問われるので、必然的に、ふだんから自分のこころをのぞきこむようになります。

「自分の心を見る」ということが、初めて意識にのぼるのです。そして余談ですが、そういう意識にもって

いくような診察をする医師が、良医です。

これは身体科にもあてはまりますね。「なんとなく悪いです」と言っても、医師はとりあってくれません。

ですから自分のカラダに意識を向け、自分の状態を自ら観察することになります。あまりにも意識を向け

過ぎると、心身症と呼ばれてしまいますけどね。

病気の予防には、ふだんから自分のカラダや心に意識を向けておくことが大事です。

そのことをお教えてしたくて、長々と理屈っぽく書いてしまいました。ストレートに言えばいいようなものですが、

理屈でわかってもらいたかった。

生まれて10年、お母さんがずっとあなたの心につきそって、あなたの心を、自我を育ててくれたように、その後

死ぬまでの何十年は、自分が自分の主治医として、自分を大切に、自分につきあっていかなければなりません。

その大切さをわかってほしいと思います。

この話は中学生から大学生くらいの若い人に話すと、目を輝かせて聞いてくれます。いつかそんな機会を持ち

たいと思っています。彼らは親から、おとなから押しつけられた身勝手な価値観と、自分らしい若々しい感覚の

はざまで悩んでいるものです。若い人たちが、親の押しつける「ねばならない」に縛られて、どれだけ苦しんで

いるかについては、おとなになった人たちはたいていきづいていません。わたしの話は若い人はスポンジが水を

吸収するように聞いてくれる。

わたしのブログの読者はどちらかというと、もうおじさん、おばさんになった人たちだと思うけれど、ぜひ自分の

まわりの若い人たちに、子供たちに孫たちにわたしがこれから書くことの少しでも伝えてほしいと思います。

8月 28th, 2008

自我について、その続きです。

 自我とは「自分の行為を見ている、もうひとりの自分」だと話しました。

でも、こんな記載も見つけました。

         ☆        ☆       ☆

自我とは、人が適応的に生きていく上に必要なもろもろの精神機能をになった中枢機関のことである。すなわち

外界を近くしてさまざまな状況を適切に判断し(現実機能)、対人関係をうまく調整して適応をはかり(適応機能)、

内部に高まる欲求や感情を巧みに統制し、心理的な危機におちいることから自分を守り(防衛機能)、自律的に

生活しようとする(自律機能)などなどの機能をになう。つまり、外界から自分を守り、うまく適応しながらも、

自律的に生きる力。

          ☆       ☆       ☆

わたしはもっとわかりやすく、こんな風に説明しています。

「押したり引いたりを上手にやりながら対人関係をやっていく力だ」と。この説明は ある心理士の方が、とてもわかり

やすいとほめてくれました。

押すだけだったら「頑固おやじ」を通せばいいだけですから、たやすいです。引くだけだったら、誰も文句をいいません

からこれも波風立たずたやすいです。でも 人間、何が一番むつかしいかっていうと、「押したり引いたりする能力」

なんだと思うのです。

中間管理職が一番むづかしいと言われるのもこのせいです。また また人間関係の中で一番むづかしいのが家族関係、

それも夫婦関係です。「むつかしくなんかないよ」って言う人がいたら、多分 それを言った相手の夫(または妻)が

相当我慢していると思って間違いありません。だって誰にでも「自分」というものがあって、たとえ夫婦といえども

違う人間ですから あっちを立てればこちらが立たず。こちらを立てればあちらが立たず、ということが起きることは

あたり前のこと、自然現象のようなもの。だからあるときは主張し、あるときは我慢しなければいけないのです。押し時、

引き時を間違えると、喧嘩になります。我慢のしっぱなしの夫(妻)は多いと思いますが、そんな場合は、「夫婦関係」

をあきらめて子供や友達にはけ口を求めているでしょう。我慢していることさえ意識していない夫(妻)もいると思う。

その場合は、まあ 無意識に避けているのですね。

喧嘩や意見の食い違いがおきても、またお互いに調整して仲良くやっていけるんだ、ということを親から学ぶことに

 よって、子供は自我を形成していくのですから、喧嘩しない夫婦の子供の自我が育っていないということがあります。

また 成績が悪くてもやんちゃ坊主だった子供のほうが、社会で大成したりします。それはヤンチャをすると、頭を

おさえられるでしょう? それで加減というものを覚えていくのです。対人関係が上手になります。なんといっても

どんな能力より、対人関係をうまくやっていける能力が一番、世間で成功しやすいですから。

おとなしいだけの子供や、いい子は、しかられることがありませんから 加減というものがわかっていません。

だからちょっと押して、しかられて、それだけで挫折してしまいます。

こわさを知らないうちにヤンチャを。はずかしさを知らないうちに、自己主張をさせておかないといけないのは

そのためなんです。

          ☆       ☆       ☆

そして、自我を形成し、鍛えるために必要なことはただひとつ、自分を見ている、もうひとりの自分、というものが

ちゃんと機能しているかどうかなんです。

患者さんには主治医。

子供にはお母さん(お父さん)

そして わたしやあなたに必要なのは、他ならぬ 自分自身なのです。

自分が自分の主治医。

なあんだと思うかもしれません。でも コロンブスの卵。これはわかってしまえばなあんだ、ですが 使えるように

なったら、まさに鬼に金棒。

           ☆        ☆        ☆

立派な方が、自我が強いとはかぎりません。ヘンなプライドが邪魔をして、自分の弱みを正視できない場合は

賢いはずの方や立派な方に案外多いようです。

朝青龍が、一時、批判に耐えられなくなって解離性障害という、もっともらしい病名がつきました。あの場合も

批判に弱いというか、突然批判された自分を受けいれ難かったので、貝のようになってしまったのでしょう。

雅子妃殿下のことは、週刊誌で書かれている以上のことを知りませんが、やはり、自我が弱っていることや

葛藤が関係していると思います。

批判や葛藤に耐える力こそ、自我の強さです。

環境のせいにすれば、何事も自分のせいじゃないのですから楽です。でも、誰も拉致されたんじゃない。

本当に拉致されて、あんな苦しい人生を強いられた人でさえ、生き抜いてこられたではありませんか。

自我の強さと、その人の地位、能力、知能はほとんど関係ありません。

わたしの患者さんでも、自分を見つめる能力を養うことに成功している人がいくらでもおられます。

でも一方で、立派なはずの方が、ちょっと批判めいたことを言われただけで去っていかれます。

自分が自分の主治医になって、自分のこころを見つめる、大切に扱ったり、弱みを受けとめてあげる。

そんな方法のいくつかをお話していきたいと思います。

8月 24th, 2008

その答えはちょっとこっちに置いといて、みなさんに少し哲学的な話をしたいと思います。

哲学や心理学や精神医学の世界で「自分とは何ぞや」という問いかけを古今東西、営々とやってきました。

それでも答えの得られないむずかしさの壁を、精神医学の世界ではたやすく越えてしまったといわれています。

それはどういうことかというと、自分というものを、ふたつに分けて考えるのです。つまり「自己」と「自我」です。

「自己」とは行為している自分。つまり今なら、このブログを読むという行為をしているあなたです。そして

「自我」とは、読んでいるあなたを、もうひとりのあなたが観察していると思ってください。「このブログ、つまんない」

と思いつつ、つい読んでしまってる私がいるわ」と自分を観察する力です。

つまりおとなの人間というのは、行為しながら、その行為している自分を冷静に見つめる力を持っているのです。

よく「うちの子、3歳になって自我が出てきたから」なんていうお母さんがいますが、それは自我なんかじゃありま

せん。単なる自己主張です。また「あの人は頑固だ、我が強い、自我が強いんだ」ということもあります。

これも自我なんかじゃあありません。頭が固くなっているから、一方的に自分を主張しているだけという場合です。

統合失調症の患者さんは、自我が弱いといいました。つまり自分の行為を冷戦に観察することができません。

「2~3日前から、私の悪口を言っている声が聞こえるようになったんです。最近、仕事に自信がなくてね、

なんかひがみっぽく感じることが多いんです。こころが疲れているのかなあ。悪口言われるようなこともして

いませんから、被害妄想でしょうかね、わたしってこころ病んでますね」などという患者さんはいません。

いきなり「盗聴されてる。悪口言う人がいる。なんとかしてください」です。

また思春期以前の子供にも、まだ自我というものは発達していませんので、自分の行為を見る力がありません。

自我の役割をはたしているのは、お母さんです。夢中で外で泥だらけになって遊んできて、帰ったらお母さんから

「まあ、楽しそうに遊んできたわねえ」といわれることで「ああ、外で思う存分遊ぶことは、楽しいことだし、それは

お母さんも喜んでくれてるから、いいことなんだ」と感じるわけです。そうやってお母さんを喜ばせる行為から

自分の自我をとりいれていくわけです。

それが思春期ともなれば自我ができてきてますから「少しは外で遊んでらっしゃい」とお母さんから言われても

「うるせーぇ。そんなことは俺の好きなことじゃねぇぜ。ほっといてくれ」になってしまう。何をしたら楽しんでいる自分が

いるかということがわかってくるから、もうお母さんの指図や評価がいらなくなってくるんです。

お母さんの仕事は指図や評価ではなくて、本人の気持ちを最大限尊重してあげることだけです。そうやってまだまだ

不安定で未熟な自我が育っていくのです。

こうやって「自我」というものをキーワードに、子供や患者さんのこころの成長や成熟度を考えていく精神医学というのは

むつかしい哲学にはない、現実的でしかも誰にでもわかりやすいという点で、とても優れた面を持っています。

8月 24th, 2008

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4年前に挿し木したブットレアが、もう背丈をとうに越す大きさになった。

花の少ない夏に咲く花として大好きな花だ。

8月 23rd, 2008

治療の話のつづきです。

統合失調症の患者さんには、お母さんが子供のこころに添うように、患者さんの心に添う主治医・患者関係が

基本にあること、そして、信頼j関係ができてからは、いろんな職種の人が関わることで、社会に踏みだしていくこと

を話しました。

では、自我がもう少し強い、境界例精神病の患者さんに対してはどうでしょうか。自分で自分を支えきれない

不安定さから「今から死にます」と主治医に電話をかけてくる場合を想定してみましょう。

そんな場合も「死にたいんだね」と優しいお母さんのように辛い気持ちを受けとめてあげればいいでしょうか。

必ずしもそうではありません。強くて温かいお父さんのようにどっしりと構えて、動揺しないことが大切です。

治療者のこころが揺れるかどうか、わざとためしているように見えますが、わざとではありません。だけど結果的に、

治療者が患者さんを信頼してドンとかまえる力量があるかどうかが、ためされることになります。つまり治療者は、

患者さんの病気の重さによって、母親的であったり、父親的であったりすることを求められます。

余談になりますが、わたしは患者さんの気持ちを汲み取り、気持ちに添うような治療態度を体得するまでに長い

年月を費やしました。言葉で言うのはかんたんですが、実際におこなうことはむつかしいことです。子供のように

抱きしめるわけにはいきません。また子供が母親を無条件で愛するようには、患者さんは医者を愛していません。

ありとあらゆる患者さんを相手に、言葉や態度を使ってそういう関係を作っていくことはむつかしいことでした。

 わたしは現実の暮らしの中では、4人の子供の母親でした。治療の経験と同時進行で子育てをしていましたので、

治療でおこなったことを家でわが子にためしてみたり、わが子にしめしたことを治療で使ったりしました。

ですから男性の医師にくらべて、そのあたりのコツを体得するのは上手だったかもしれません。

ところが看護師さんたちからは、しばしばブーイングを受けました。先生は優しすぎる、甘すぎるというのです。

先生が優しくすれば患者さんもいい気持ちになるので、言うことを聞いてくれる。だけど先生が帰ったあとの

長い時間を共に過ごす看護師には、なかなか言うことを聞いてくれず対応に困ることばかりです。先生も、

もっときびしい態度をとってください、というわけです。

そんなわけで、看護師さんの目の前で、患者さんをしかったり注意したりすることもさせられました。

優しいこともむつかしいけど、きちんとしかるということはさらにまたむつかしいことでした。境界例精神病の

患者さんに対して、からだをはって、堂々と持ちこたえれるような男性性を発揮しないと、すぐ見破られてしまいます。

わたしは女性ですので、優しさときびしさを使いわけるコツがなかなかつかめず、ずいぶん苦労しました。

入院しているはげしい症状の患者さんの治療体験を積み重ねる中で、わたし自身が医者として鍛えられたと思います。

さて、もっと軽い患者さんではどうでしょうか。自我も育っている軽い患者さんに場合には、もっと対等でよいのです。

人生の先輩のように支えたり、普通の専門家のようにアドバイスをすることが求められます。

このように、こころの病気を治すという治療行為は、「治す」というより、子育てのように、関係性の中でこころを育てて

いくという感覚に近いかもしれません。

こころの治療とは、主治医・患者関係を使って、こころを育てなおすこと。子供のこころが、お母さんによって、

お父さんによって、そしていずれは友人たちとの関係の中で育っていくことと同じように。

小児精神医療の専門家ではない私が、治療で経験したことを新聞に連載したら、編集者の方が「わが子の気持ちが

わからなくなる前に読む本」という本に仕上げてくださったことがそのことを証明しているように思います。

さて、患者さんには主治医がついている。子供にはお母さんがついている。

では、わたしたち、健康なこころをもって生まれ、そのこころを使って一生を送っていく者たちには、誰がつきそって

くれるでしょう。

夫婦でいれば夫や妻でしょうか。あるいは友人だという人もいるかもしれません。あなたには、いったい誰があなたの

こころの伴走者としてついていてくれますか。

ちょっと考えてみてください。

8月 23rd, 2008

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新築祝いにいただいた思い出のカサブランカが

今年も華やかに咲きました。

10年前の新築祝いにいただいた鉄線も、毎年紫の華やかな乱舞で

咲くたびに、いただいた方を思い出します。

花のプレゼントは、せつない思い出につながることもたまにはありますが、

うれしい思い出もまた増やしてくれます。

8月 22nd, 2008

治療の話をします。

精神科的治療の基本は、昔も今も薬物療法といって、精神安定剤とか抗うつ薬です。精神科で使う薬

は注意深く使うことが大事ですが、大変よく効きます。

だから世間では、精神科医じゃなくて薬屋さんですか?と皮肉を言いたくなるくらい、薬の調節だけで治

療を終える医者も多いようです。どうですか?とお聞きして、良くないと答えると、じゃあ 別の薬にしま

しょう、と どんどん薬ばかり変えていく医者です。

患者さんのほうも、自分の心に向きあうことを避け、薬の調節だけにこだわる傾向があります。

「薬でこころは変えれませんよ」と言わざるを得ない患者さんもいます。治療の基本は薬です。また 信

頼した医師からもらった薬は、医者からのラブレターのようなものだと思っていますので、大事な治療

法ですが、薬で心が変えれるかというと、そんなことは出来ないと断言できます。

薬を使いながら、ではその医師がどんな治療法を併用するかで、その医師の腕が決まります。

ただし治療法の併用といっても、まだこれといった決定的な治療法はありません。というより、やはり

一定の治療法で心を変えていくことは無理なのであって、決まったものがなくてあたり前なのです。

患者さんの言うことを丁寧に聞きながら、どの医者もいろんな治療法を自分なりに組みあわせ、苦心し

ながら治療しているといったところです。

そこで、わたし自身の治療経験の苦心の歴史を少し語らせてください。

私が新米医師だったころは、もちろんクリニックなどなく、重い統合失調症の方の入院治療が主体でし

た。今から思えばこれが何物にも代えがたい貴重な経験になりました。先輩医師たちも匙を投げたよう

な重症の方を、大いなる社会的偏見と戦いながら、どっぷり4つに組んで治療のできた、最後の世代で

はないかと思うからです。この経験が医師としての原点となっています。

身体科の新米医師や新米看護師には同じことが言えると思います。死と隣りあわせのような重い患者

さんを診てはじめて、軽い病気の方を自信をもって診れるのではないかと思います。とことん重い患者

さんの治療に真剣に取り組む経験がないと軽い患者さんはかえって診れません。

さて、統合失調症のように、自我(自我とは、それを使って、いろんな対人関係や社会との関係を築い

ていく心の力のこと)がとても弱い人の幻覚や妄想、興奮などや、病気ではないと言いはって薬を拒否

する態度などにつきあっていくのは大変ホネのおれる仕事でした。先輩を見習うことはできても、誰も

答えは出してくれません。論文や本で体得していきました。

その中で心に残っているのは、中井久夫先生の書かれた「気持ちを汲む」「気持ちに添う」という治療

態度でした。言葉で言うのはやさしいけれど、それを体得するまで、長い年月がかかりました。

たとえば薬を飲みたくないといって怒っている患者さんを説得することは至難のわざです。「自分は病

気ではない、と思うことが病気の本質である」患者さんに向かって、「飲みなさい」というのは神経を さ

かなでするようなものです。だけどそんなとき「そうか、飲みたくないんだね、だって病気だと思っていな

いんだから あたり前だよね」とか「自分は天皇陛下の子供だ」という妄想のある患者さんに「それは違

う、そんなこと言うことが病気だ」と決めつける前に「へぇーっ。あなたは天皇陛下から生まれたってホン

ト? どうしてそれがわかったの? いつからそう思ったの?」と信じてあげることを先にする、そんなこ

とから患者さんに気持ちを汲んだり、気持ちに添ったりできるようになっていきました。

まやかしだという人がいるかもしれません。でもこれって、9歳以前の子供を育てているお母さんの母

心そのものなんです。

お菓子を食べたばかりのわが子が、もっともっととわがままを言うときがあります。そんなとき、お菓子

を食べたばかりでしょ、だめですよ、と説教すると 子供はすねてしまいます。

でも「あら、もう食べたくなっちゃったの? 美味しかったもんね。でもほら、お母さんは今、洗い物の最

中でしょ。これが終わったらあげるからそれまで外で遊んでらっしゃい」と言えば、気持ちをくんでもらっ

た子供は、なんとなくその気になって「はーい」と答えて外へ飛びだしていき、お菓子のことなどすっかり

忘れて、遊びに夢中になってしまうかもしれません。子供はお菓子をほしかったのでしょうが、それ以上

にお母さんに気もちを受けとってもらいたかったに違いありません。本来は自分の中に自己と自我があ

るんですが、 自我ができあがる前の子供というものは、自我の役割をはたすのはお母さんなので、

お母さんが認めてくれること、お母さんが喜んでくれること、そのために生きているようなものなのです。

そうやってお母さんを喜ばせるために生きていく行為が、すなわち子供の自我を作っていくようになって

います。

もっとも、子供じゃなくても、おとなになっても、自分をもてあます時期というものはあって、わたしにも

経験があります。開業して何年かたったころ、仕事が辛くて仕事をやめたいくらい落ちこんだことがあり

ました。同業者ならわかってくれるかと、内科を開業している同級生だった男の先生に電話しました。

「やめたくなっちゃった」そう言ったら彼は「あなたねえ、仕事って本来きつくて辛いものなんだよ」と

お説教を始めたではありませんか。わたしは「あなたに説教してもらうために電話したんじゃないの。

よくそれで医者やってられるわねえ」とばかり電話をガチャンと切ってしまったんです。

ぐちを聞いて、辛さをわかってもらったら、また元気が出るってことは誰でもありますね。

これってわがままでしょうか。わたしは決してそうは思いません。患者さんなら、まず自分の痛さやら辛

さやらをわかってもらいたいものですが、普通の患者さんでなく、自分で自分を受けとめる自我という

ものがない統合失調症の患者さんは、誰かが気持ちを受けとめてあげないと、前へ進めません。

また、自我ができあがる前の子供というものも、条件なしで丸ごとお母さんに認められたいものなん

です。条件たとえば勉強ができるからいい子、明るいからかわいい子、そうではなくて、もう存在して

いるだけでいいの、ありのままそのままで自慢の子供なのよ、そう言われ続ける9年という歳月が

人間のこころにとっては不可欠なんです。そしておとなも、時にはね。

8月 20th, 2008

精神科というのは、ある意味「社会の窓」です。ですから当然かもしれませんが、社会のほうにも変化

があらわれ始めていました。

今から20年前、最近死刑に処せられたという宮崎 勤の幼女殺害事件がおきました。精神的異常を

疑われ、精神鑑定がおこなわれました。3人の鑑定医がそれぞれ別々の鑑定結果を出すという異例の

事件でした。わたしは関心を持ちましたし、驚いたことはたしかですが、特殊なケースだろうと思い、

いずれ忘れていったように思います。

ところがそれから8年後、忘れられない事件が起きました。神戸の14歳少年による殺人事件です。

手のこんだ残虐な事件の犯人がまさか14歳の少年だとは、誰も予想しなかったのではないでしょうか。

わたしが「大変な時代になった」と感じた理由は、その少年に精神的疾患がなかった、つまりごく普通に

生まれて生きていくはずだった少年が、育ったプロセスの中で、事件を起こすまでになったということで

す。誤解があると困りますから説明しますが、精神的疾患があれば事件をおこしても不思議じゃない、

驚きはしなかっただろうという意味ではありません。精神的疾患と犯罪に相関関係はないばかりか、

こころを病まない人の犯罪のほうが、世の中にははるかに多いのです。わたしの場合は、精神科医の

さがとして、わずか14年間の少年のこころにどんな心の変化があったのだろう、それに関心を持った

のです。

そのとき強く思ったのは、わたしたち戦後のおとなの子育てが、どこか間違ってきているのではないか

。わたしたちが何か大切なものを見失い、子育てにそれが影響しているのではないか。そんな危惧を

抱くようになったのは、精神科医としての自然の流れでした。

「このごろの若い子は。。。」と言いがちですが、子供たちは変わっていません。生まれたときは真っ白

です。どの赤ちゃんも、気質こそみんなそれぞれに違いますが、心は真っ白でまっさらであることに

今も昔もなんら変わりはありません。

でも大人が自分を見失ったり、忙しさにかまけて大切なことを捨ててしまったりしているために

子供への対応にすこしづつ変化が起きているのです。

さて、その後もこれでもかこれでもかというほど、少年少女による、考えられないような殺人事件が

起き続けています。

最近一番驚いたのは、父親と一緒にカレーライスを作って、楽しそうに食べたその夜に、就寝中の

父親を刺し殺した少女の事件でした。その前日に試験をボイコットして無断で休んだという以外、

母親にも周囲にも、何ひとつこころの変化を気づかせていないこと。また少女自身が「自分でも何を

したかわからない」と供述していることです。

こころの中は見えないものであるとはいえ、ここまで見えないのがこころだとしたら、やはりこころの

問題を誰もが真剣に考える時期にきているのではないかと思うのです。

 ずっと、人のこころを仕事の対象にしてきた私が、この20年来の変化を「こわい」と感じます。

37年前に、内因性の精神疾患だけを治療の対象にしてきた私が、今ではほとんどの患者さんが

ごく普通の人です。見かけは普通だけど、実は。。。。とかいうレベルの「普通」ではなく、本当に

「普通」。ほんのちょっと前まで、親の自慢の子であったり、数十年の人生を何のとどこおりもなく生きぬ

いてきた人であったり、という意味の「普通」です。

それが精神科医のわたしだったとしても、決して笑えない話としてあり得るというのが今の時代だと

思います。

大袈裟に言うつもりも、おどかすつもりもありませんが、診療を通してまた、いろんな事件を通して

そんなことを考えるのです。

こころの病気とはいったい何でしょうか、という話がこんな風になりました。

まとめると、こころの病気とは、これほど実態が不透明なものもないということ。また「私には、わが家

には関係ない」と言い切れるものでは今やないということ。そして時代によって変わるものである

らしいこと。

現代では「心の健康な子を育てる」とか「一生を精神的に健康に送る」ということがどの人いとっても

人生の大きな課題として立ちはだかっていて、その傾向はますます強くなるかもしれないということを

まずわかっていただきたいと思います。