11月 30th, 2008

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猫は6ケ月で成人します。

母猫と兄弟猫とで暮らすこの2~3ケ月が、のちのち大事になるんだそうです。

社会性が育ち、性格の基礎になるのだそうです。

そんなことはあまり知らないことでした。

こころの病気の治療が、子育てに通じていたことを面白く感じて、いろんなところで話してきました。

でも、猫と人間にも人間の子育てとの共通点がいっぱいあることがとてもおもしろく感じます。

よく、家の犬や猫を「ばか犬」とか「あほ猫」とか呼ぶ人がいますが、自分の子供をそんな風に呼ぶことは

ないのですから犬や猫であっても「おりこうさんね、おりこうさんね」って育ててあげるのが一番だそうです。

犬にも猫にも、人格のようなものがあるらしいのです。

突然、猫を飼う気持ちになったのは、そんなことなどを知るようになって、もう一度「子育て」をしてみたい、

と思ったからかもしれません。

ペットを飼う、というより「新しい家族が増える」という、この自分の中の感覚の変化をおもしろく感じています。

11月 30th, 2008

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小春日和の一日。

「ひなたぼっこの部屋」では、着々とあたらしい家族を迎える準備に余念がない夫。

新しい柱をつけ、柱に回り階段をつけて、猫ちゃんが天井を伝って二階に行ける。

猫ちゃんの遊び場。

わが家ではめずらしいくらいの、のどかな休日。

寝転ぶと窓から真っ青な空が・・・・・・

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ブレンダーさんから猫ちゃんの写真が送られてきた。

優しく誠実なブレンダーさんとの出会いが、わたしたちの人生をちょっぴり変えようとしている。

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11月 24th, 2008

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さすがに三連休の3日目。元気があって、久しぶりに、残り物で昼ご飯を作った。

鮭おにぎり、ごぼうと人参のきんぴら、大根とかぼちゃと牛蒡とこんにゃくとまいたけの味噌汁。

大根おろし。 冷蔵庫の中をしっかりのぞいて、大整理をした。

この何ケ月、週末になっても、朝と夕はどうにか作れるのだけど、昼ご飯を作る気に、

どうしてもなれなかった。

私って一体、どうなったのだろうと思っていた。

ボケ始めたのかしら?と思うくらい、やりたくなかった。

でもやっぱり、忙し過ぎて、疲れていたのだろうね、二連休では疲れがとれないくらいに。

今日はまだ書類の整理が残っている。

でも、最近やっとピアノを弾く気持ちにもなってきたのだから。 

これくらいの余裕は維持しなくては、と思っている。

だけど、散歩はしていません。何かを取れば、何かを捨てないとね。時間に限りがあるもの。

この年齢になってやっと、大切にしたいことを大切にできるようになりつつある。

リンリンリーン! あっ、電話だ。仕事先の夫からでした。

「昼飯なにがある?」「これこれしかじかよ」

「えーっ、質素やなあぁ、それに卵巻きでもあるといいんだけどなあ」

わたし言下に「ない!」

夫「作ってあげるわって言わないの?」

わたし「言わないわよ」 夫「・・・・・・・・・・・」 わたし「まあ、いいから作るから、早く帰って来て!」

という具合に、負けてしまう私。夫の食欲を三度三度満たす仕事もけっこう大変なんであります。

11月 23rd, 2008

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このあたり、零下6度になって、先日は小雪が散らつきました。

タイヤを替えていないので、雪道をおそるおそる帰宅する始末。

ところが、いったん太陽が出ると、空はからっと真っ青、陽あたりも抜群です。

観葉植物と物置の部屋だったところを、夫が猫のためにこんな快適な部屋に作りかえて

くれました。

壁に穴をあけ、隣のトイレや餌のある部屋と通じるようになっています。

真正面に真四角の穴がそれですよ。

窓際にあるのは、爪とぎグッズやベッドです。まだないのは、主だけです。

猫部屋にするのはもったいないので、電気ごたつを入れて、人間もくつろげるようにしました。

今日は暑いくらいの陽あたりです。

11月 17th, 2008

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れもんちゃん。

たった一週間で、こんなに大きくなりました。

1年で成人するんだそうですから、すごいスピード!

今は母親に育てられ、4人兄弟たちと戯れながら、社会性を身につけていく時期。

わたしたち人間は、できるだけ赤ちゃん猫から飼いたいと思いますが、そこは辛抱。

今母子5匹を引き離すと、あとの人格(猫格)形成に響くそうです。

だから、辛抱しながら、母猫とブレンダーさんに子育てをまかせている時期。

ブレンダーさんがこうやって写真を送ってくださいます。

11月 17th, 2008

昨日の新聞にこんな相談が載っていた。

「週3日パートで働いています。上司に年休をください、と言ったら

そんなもん無い、と言われたが無いのでしょうか」

答え;

どんなに日雇いであっても、週一日であっても週3日であっても、6ケ月

以上働いていれば年休が発生します。日数は週5日働く場合の比例の

日数です。

その答えを見て、目からウロコであった。

私は三ケ所で週2日とか1日とかのやり方で働いている。

フリーの精神科医もかっこいいと思ったのだけど、労働条件やら人間関係やら

考えるときびしい。

こんなに大きく複雑な組織の中にあって、誰も守ってくれる人がいないし孤独だから、

強靭な精神力がいる。とにかく孤独に強くないとやっていけない。

年休などもないと思っていたので、この一年半というもの、ただの一日も休みをとって

いなかった。

週2日しか行っていないところを一日休むと半分休むことになるので、

仕事におおいいさしつかえる。

権利以前に とると支障が出る。それに日雇いだと給料が減るし。

でも、権利はあるのだからと思い、今日職場に行って聞いてみた。

副院長に「日雇いだから、そんなもんないでしょう」といわれカチンときた。

事務所に行って聞いたら「あるかもしれない。でも詳しいことはわからないから

調べておきます。先生は二ケ所で働いているからこちらはだめかも」と言われた。

「二ケ所ってことは関係ないでしょう。それぞれの職場における権利でしょ」と

言ったら

「だから調べるって言ってるんです。わたしたちだってわからないから調べて

おきますよ!」って逆キレされてしまった。

逆キレされる筋合いもないでしょうに。

悔しーかった。ぜったい休みをとってやる、と決心した。

看護師さんに「ねっ、ねっ、こんな事情だから助けて。ぜったい取るから協力して」

と言ったら「わかったわよ」って言ってくれたのでうれしかった。

11月 16th, 2008

昨日はあんなに楽しかったのに。

今日の疲れって一体、何? っていうほどの疲れ。

ぐったりして丸一日寝こんでしまった。

夫の観察によると。

①ふだんは20秒ほどかけて上る二階への階段を、5秒ほどで駆けあがっていた。

②日記をさがす、といって部屋の中、ひっちゃらかしにしてさわいでいた。

③笑い方やしゃべり方が、大人らしい優雅でのんびりした雰囲気の域を越えてはしゃいでいた。

あれじゃあ疲れるわ、だと。

60才のおばさんが、10才の少女に戻るんだから無理、疲れるのはあたり前だとのたまわった。

みなさん、若いころに戻りたいなんて、思っちゃいけません。

それともわたしがやっぱり特別、神経がこまかいかカラダが弱いのでしょうかね。

でも、こんな私だから 精神科の医師としてはいい線をいくのだと思う。

うつ病や統合失調症の患者さんの回復期のケアやアドバイスに、すご腕を発揮できるのも

自分のこんな経験が元になっていることには間違いがありません。

わたしにはやはり、ちょっぴり精神病の素質があるのでしょうね。

11月 15th, 2008

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今朝の朝食の夫婦の会話です。

わたし:今日は東京から中学生の女の子が2人来るの。どこで食事しようかしら。

夫:リゾナーレで買い物でもしたら? 国道にはラーメン屋さんもあるし。

わたし:東京から来るのに、なぜ買い物なの?なぜラーメンなの? 彼女たちお蕎麦がいいって言うの。

夫:だって中学生だっていうし・・・・・・・

わたし:あなた覚えてないのね? 中学の同級生が東京から来るって話したでしょ。

夫:えっ?なんだ、おばさんか!

わたし:まあ、失礼な。なんてことを言うの。わたしたち中学生よ。一瞬で中学生に戻れるのよ!

    どうも、男のロマンと女のロマンは食い違うようです。

        ☆      ☆      ☆

さて、わたしたち3人おばさんたちは、いともたやすくタイムトンネルを通り抜けました。

 あっという間に女子中学生に戻って、キャッキャッ!

アルバムを取り出したり、それに、そのころの日記を持っているので、もう楽しいったらない。

わたしはふだんクールなんですけど、突然はしゃぎ出すという欠点があるので、もう大変。

日記には、今日来た Y子ちゃんが、何か腹を立てたらしく、そっぽを向いて話してくれない、なんていう

悩みがまじめに書いてあった。

高校生の友人とはちょっと違うんだよね。小学校とか中学校はまだ、自我ができあがってなくて、

地のまんまでつきあっているので、なああんにもベールがかかってないおつきあい。

その時仲良しだったってことはすごいことなんだなあと今になって思う。

とてもすばらしい先生とめぐりあい、毎日書いた日記を丁寧に読んで毎日赤ペンで返事を

書いてくださった。

中学生の時がある意味ではもっとも輝いていたと思う。

お転婆でじゃじゃ馬で、一番わたしらしくして生きていられたと思う。

もう一度子どもに返って、あのときの地のまんまの輝きをとり戻してみたいものだと思いました。

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11月 13th, 2008

裕福な暮らしで何不自由なく暮らしていた人が、

ご主人が突然亡くなられ、婚家先から身ひとつで追い出された。

住む家がなく、お金もなく親類の家に身を寄せ、その上、ねむれなくなって病院通い。

ずっと専業主婦でおられたから、働ける見通しも暗い。

そんなとき「これ以上、落ち様がないですよね。どん底です。。。」と涙される。

でも私は言う。

「えっ? どん底ですって? 甘い甘い。まだまだどん底じゃないよ」

患者さんは怪訝な顔をする。

わたしは言う。

「まだまだいくらでもどん底は訪れるよ。交通事故にあう。重症の病気を宣告される、子供さんが病気になる。

骨折しただけでも、今より底だよ。まだまだいっぱい悪いことは起きるのに、どうして 今がドン底だなんて言えるの?」

言われてみて初めて気づく。

そうだ、まだ あれもある、これもある、どんな仕事でもして働けるカラダがある。

          ☆       ☆        ☆

じゃあ、今恵まれている人は、どん底にはほど遠いだろうか。

いえいえ、そんなことはありません。

みんな、自分の置かれている今の状況を基準にします。

だからどんなに恵まれていても、何かが起きると「どん底気分」になるのは、みんな同じ。

 だから 小室哲哉さんも詐欺で逮捕されたんです。そういう意味ではみんな平等です。

どんなに才能があっても、お金があっても、その人にとってはその場所が基準だったからです。

だからそこから少しでも落ちると、どん底気分になって欲ばってしまったり、焦ってしまうのです。

           ☆      ☆      ☆

今みなさんが、どんな立ち位置にいようとも、もっと悪いことは起きます。

テレビで毎日放映されているニュースは、あなたにも起きることです。

そして、悪いことにはかぎりってものがありません。これでどん底が終わりっていうのはないんです。

 だからこそ。

自分が今、持っているものを確認して感謝する習慣を持つことがとても大事です。

たえずそうしていないと、人間って不満や不足や不安を持つ動物だと思います。

なんにもなくなるとき(死ぬとき)でさえ、残せるものがあるそうです。

それが何か、について考えることもするといいと自分でも考えています。

11月 11th, 2008

何事も、治りの悪いときやうまくいかない時には、初心に返ることが一番だ。

心の病気を治すときにも、基本をおろそかにして、早く早くとあせるから治りが悪い。

治りが悪く長引くほど、こじれているから、ますます始末が悪くなる。

口を酸っぱくして言っても、わかってくれる人は少ない。

しかし、自分のこととなると話は別。

自分がこれほど自分をわかっていないとは思っていなかった。

熟年になってから始めたとは言っても、器用だし飲み込みも早い。

それに、3年もしないでショパンの夜想曲原曲を弾けた人なんて、まあいないだろう。

自分を評価していたが、実力がなく形だけだった。おとなだからってプライドばかりが高いのだ。

いや、ピアノの話である。

早く上手にとあせってばかりで、実際は中断につぐ中断、今ではドレミくらいしか弾けない。

とうとう観念した。

バイエルなんて、と 馬鹿にしていたが、そのバイエルの初歩の初歩から始めることにした。

5、6才の子供がやるところである。

それでもいい、いや、もう それしかないと観念した。

8年もたって、ようやく納得したなんて、馬鹿みたいに回り道した。

病気が長く治らない人も、こんな感じになっているんだろうなと思う。

♪♪どれみふぁそらしど♪♪・・・・・・と弾いていると、易しいので気分が良い。

いらいらすることもない。

やはり「自分を知る」「初心にかえる」大事なことだ。

仕事では「わたしは出来ません」と言えない場所にいる。偉そうにしている。

だからこそ、こどものように、若い先生に注意されたりしかられたりしながら、ちいさな子供と肩を並べて

「生徒」になって「学ぶ」時間が貴重だと思う。

何より楽しみながら。