
4年半ほど前、このブログで、私の一番の親友が腎臓癌の第Ⅳ期におかされていて、
片方の腎臓を摘出したことを書いたと思います。
青森にいたときの同僚で、元は精神科ソーシャルワーカーですが、33歳で笛を始め、42歳で
結婚と同時に笛吹きに転向した異色の友人です。
4年半前、10時間以上に及ぶ手術に耐え、また再発率50%以上といわれた彼女。
その後、抗癌剤の治療をしないことを決め、治療はいっさいしないで、好きな笛を演奏したり
教えたりしながら生きていくことを決めたのでした。
抗がん剤の治療をしないのは、抗がん剤で癌をたたくためにだけ生きて亡くなっていった
多くの人を見てきたから。
もうひとつは貧乏画家の妻である彼女には、治療をするお金がないことでした。
それから半年後、医師の予想は当たり、肺に転移しました。
それでも抗がん剤の治療をしないまま暮らし、肺癌の再発からも早や4年もたちます。
癌はどんどん大きくなり、直径3.7ミリのものが3個もあり、血痰は毎日出るそうです。
でも、笛を演奏し、笛を教えながら普通の生活をしています。
お金がないから、治療をしようかしないか、迷う必要のないことが一番からだにいいと思うと
彼女は言います。わたしもそう思います。
病気で死を宣告されてからは「本当にしたいことは何か」「悔いがない生き方は何か」を
つきつめて考えた結果、笛さえ吹けたらしあわせという結論に達したのです。
画家である15歳も年上のご主人は、重いアルツハイマー病にかかって、自宅で気ままに暮らし、
もはや頼りにはなりません。
今日は隣県のK市でピアノの発表会。彼女は友情出演です。
近くに暮らしながら2年も会っていなかった私は、今日大事な会議の最中に、どうしても行きたくなり
会議を抜け出し、高速道路を一時間、時速120キロですっ飛ばしたのでした。
ぎりぎり間にあい、彼女の澄んだ笛の音色を聴くことができました。
私の弾ける唯一の局、ラブ を演奏させてもらったのは言うまでもありません。
夫からは「にしきの あきら じゃあないのだから、そろそろ二曲目を弾けるようになってよ」と
言われています。
彼女が生きているうちに、もう一曲弾けるようになりたいと切実に願っています。
二曲目は何にしようかな。
一生で何曲も弾けるわけでないのだから、好きで好きで仕方がないって曲をさがしてね、
むづかしいから自分には弾けない、なんて思う必要はないのよ、って先生から言われています。
先生は8人目だけど、そんなこと本気で言う先生なんていないのよ。
みんな「ブ をわきまえなさい」って言うんだもの。
私はみんなと同じことを言わない人、同じことをしない人、が好きです。
わたしも「変わり者!」って言われながら「はーっ、たしかに生きた!」って自分で思える一生を
送りたいと思っています。