9月 27th, 2009

miri

二ケ月ぶりに友人との散歩を再開しました。

友人はペンションをやっているので、夏場が忙しく中断していました。

おしゃべりをしながらの二時間は、あっという間。

口も頭も動いていても、景色も草も花もしっかり見ています。

森の中の散歩道は最高に気持ちよく「ああ、しあわせ!」と思わず

叫んでしまいました。

kiku

コスモスや野菊があちらこちらで咲いています。

金沢にいる時も、大阪にいる時も、電車に乗ってわざわざ出かけ

なければコスモスは見れなかったのよ。

今は本当にしあわせ、と友人に話して聞かせました。

コスモスを常時見れる楽しみって、想像以上にしあわせですよ。

女の人はいいですね。

おしゃべりするだけで楽しいのですもの。

それに比べて男の人は、う~ん、かわいそう。

友達もなく、おしゃべりを何時間もする愉しみもなく、

作る愉しみ、食べる愉しみも。

帰宅すると、夫がレモンを相手に黙々と草むしりをしていました。

「オトコは黙ってサッポロ ビール」の世界。

しかし夫にとっては至福の時間のようでありました。

lemon1

夕食は、ありったけの野菜を使いました。

セロリ、大根、じゃがいも、人参、玉ねぎ、いんげん。

セロリをどっさり入れると、鶏スープが塩だけで驚くほど美味になります。

日本のセロリの95%はわが村で作っています。

大きな一株のセロリを300円400円で買う世界です。

これもまた大きな楽しみのひとつです。

「こんな田舎はいやだ」と言いながらついてきた私ですが、

結構しあわせを感じているように思います。

「車が運転できなくなったらどうするの」って街の友人たちは口をそろえますが、

運転できなくなるまで20年以上あるのに、そんな先のことを考える

必要があるだろうか、とこのごろ考えています。

20年、30年を楽しんでから考えることにしましょう。

torisupu

9月 26th, 2009

kuri

秋晴れのさわやかな一日でした。

久しぶりにゆっくりしました。

妹が栗をむいて持ってきてくれ、栗ご飯に秋刀魚で、一緒に美味しく

食べました。栗はむくのが大変なので、なかなか自分ではできません。

妹のガーデンも、こんなに華やかにかわいく茂り、ご本人はご満悦。

ga-den

レモンもピアノの椅子を陣取って、ひねもすノタリノタリとくつろいでいました。

やっぱり休日は、陽の光を浴びながらゆっくりするのが一番。

pianoisu

9月 23rd, 2009

hana

久しぶりに、親族との間でトラブルを経験した。

たとえば誰かが私の言動に対して「気を悪くした」と言って怒りだしたとする。

わたしは、そんなとき、よほどのことがないかぎり、

いさぎ良くあやまる。

私は誰に教わったわけでもない。若いときからいさぎ良かった。

患者さんが私の一言で、傷ついたといって怒りだしたときなども

あ、そうか、と思ったら いさぎよくあやまる。

誤解されているな、と思ってもあやまる。

そんな必要あるか、と思われるかもしれない。

しかし、誤解されるような言い方をしたのは、やはり言葉足らずだったとしか

言いようがない。

だから「自分では、〇〇のつもりだったけれど、そんな風に思っていただけなかった

のだったら、私の言い方が悪かった。言葉足らずで申しわけなかった」とあやまる。

それ以上は一言も弁解をしない。

相手のことを傷つき過ぎだなあと思っても、いいわけはしない。

理解してもらおうとも思わない。そんな必要がない場合のことが多いから。

我ながら オトコらしい! と思っている。

       ☆     ☆     ☆

今回は土地の境界線のことで知人ともめた。

相手はあやまってくれた。

しかし あやまり方が逆だった。

「申しわけありませんでした。しかし 自分としては 〇〇だったから

仕方なかった」と ぐずぐずと言い訳が続いた。

そこで夫が怒りだしてしまった。

          ☆      ☆      ☆

まっこと悪いことをしたと思ったら、ただただきっぱりと頭を下げることだ。

ただしこちらに言い分があると思ったとき。説明を先にするとよい。

「〇〇のつもりだったけど、伝わらなかったようではこちらの手落ちです、

まことに申しわけなかった、すみません」と あやまったほうがよい。

あやまってから 言い訳すると、あやまったことにならない。

同じことを言っていても、どちらが先かで結果や、相手の気持ちが全然違う。

看護師さんたちが正しいことを伝えていても、家族が怒りだしたときなども。

相手が怒るということは、正しいことを言ったつもりでも 相手に伝わっていないと

いう点で、言い方に配慮がなかった看護師が悪い、と 注意をする。

それが私のやり方だ。

参考になるなら してほしい。

私は自分の性格を、男の人よりずっとオトコらしく相手の気持ちにも配慮して優しく、

本当にいい性格だと思っている。自分の性格に心から誇りを持っている。

仕事で数えきれない難所を乗り越えてきたおかげだと思う。

これからも風のようにこだわりを持たず生きていきたい。

↓  ナスタチウムがきれい!

nasuta

9月 22nd, 2009

azusa 

当直明けの今朝、病院からまっすぐ「あずさ」に乗りました。

出不精の私が、夫から自立して初めての小旅行。

近くの町まで映画を見に。

車窓の景色はすっかり秋色。

syasou

家にはまた、倉敷の兄夫婦が友人まで連れて遊びにきていて、

何もそんな日にわざわざ行かなくても、と夫に言われたけど

「ゆっくりしておいで」っていうのが 真実の夫の愛情でしょ、って

夫に言い聞かせて。

だって、そんな日こそ、邪魔されずに自分の時間を持たなくては!

帰ってから 姉と一緒に作ったご馳走。

だいぶ、お客様をもてなす料理にも慣れてきました。

「他人の助けを借りる」って大切ね。

ryouri

9月 21st, 2009

「我逝くや 解き放たれて 秋の風」

               近本瑠美子

友と計画した生前葬コンサートが、しのぶ会になってしまいました。

piano

笛のお弟子さん、わたしたち夫婦、友人のチェロ奏者、そして 笛のお仲間ですばらしい笛奏者

である天野 宣 さんと アラカンが 特別出演をしてくださり、感動した3時間でした。

hue

笛を吹くより料理のほうが上手だというお弟子さんの用意してくれた手料理で懇親会もありました。

こんな死に方は、誰もができるわけじゃあありません。

生き方と死に方は直結しているものだとつくづく感じた一日でした。

utage

それにしても、ぴあの初心者の私が、一回も間違えなかったのに、

ピアノ歴25年のベテランの夫は あがりまくり 間違えまくっていました。

もともと下手で無心だからいいんですね。

9月 19th, 2009

kurema2

突然です、こんな小雪のような白い花が咲いてきました。

どんどん伸びて華やかになってきました。

何だろう?????

kurema1

葉っぱの形がクレマチスです。

そういえば3年くらい前に植えたかもしれない。

今ごろ咲く、こんなかわいいちいさなクレマチスもあるんですね。

キャットミントが絶えてしまいそうになったので

心優しい妹が自分のガーデンに植え替えてくれたら。

これもまた、今ごろ元気に咲いてきました。春の花なのにね。

あまりかわいくて妹のガーデンから拝借してきました。

キャットミントというからには、猫が好きなのかしら。

匂いを嗅ぎにきてくつろいでいました。

こんな可愛いいガラスの花さしを見つけました。

夫に言わせると「また買ったの? いっぱいあるじゃない」ということですが。

女性ってかわいい、って思うと買いたくなるのではないでしょうか。

それが「女性性」っていうものではないかしら。

hana02

9月 13th, 2009

sarada

今日は、前から心待ちにしていた加藤登紀子の野外コンサート。

自宅の近くの野外劇場であるという。前売り券が買ってあった。

妹も休みをとって楽しみにしており、一緒に早めの昼ごはんを食べた。

supa

野菜たっぷりのサラダとパスタ。美味しかったし気分も上々。

なのに、並んでいる最中、突然わたしったら。

おばさんたちに混じって(私もおばさんなんだけど)こんな人中にいたくない、って

急に思ったの。

narabu

夫に「わたし、並びたくない。カトウトキコなんて、どうでもいい、聞きたくない、

本当は家でのんびりしていたい」と言った。

夫と妹はびっくりして「そんなこと、こんな所で突然大きな声で言うもんじゃない」という。

わかってもらえなくて、わたし突然泣きだした。

だって泣くのは、唯一オンナの武器ですもの、ってことらしいわよ。

夫と妹はあきれかえっている。

そして私は突然、列から抜けて帰ることになった。

まっすぐな道を抜け。

oyako2

こんな山道を通り。

yamamiti

コスモスやまつむし草を撮ったりしながら、歩いた。

kosumosu

まつむし草はもう時期はずれなんだけどね。

matumusi

グラスデンスキーにきていた知人のTさんとおしゃべりして。

「あとでコーヒー、飲みに立ち寄ってよ」と誘いながら楽しく家に帰った。

レモンとふたりで、新聞を広げ、音楽を聴いたり、キッチンに立ったりして、

ゆっくり過ごした。

nozoki

Tさんも中年のおじさんで、「聞けばよかったのに」って言ってたけど

でも「そうだね、ゆっくりするのもいいよな」って言ってくれた。

みんなが行くから、みんながするから、誘われたから、有名だから。

そんな理由だけでやっていることって、多くない?

本当に、本当は、〇〇〇がしたいのっ! したかったのっ! って思っていることを

している人って少ないんじゃないの?

って今日わたしは思ったんだけどね。

それにしても、きれいなところに住んでいるでしょう?

本当に素敵なところなの。

この地を広く知らせたくて、加藤登紀子を呼んで人集めをしたらしいの。

すごい人出だったわ。

でも私はブログでこうやって知らせているから、わかってもらえるでしょ?

この地に来て3年すぎたけど、きれいな空気と新鮮な野菜のおかげで

ものすごく健康になったと思う。

それに楽しいし。

あ、そうそう。

あとで夫と妹に「よかったわよおっ、カトウトキコ。いれば良かったのにぃ」

って言われて地団駄ふんで泣いて悔しがることになるかもしれないわね。

Tさんと4人でお茶しながら、きっと泣いたり笑ったり、忙しいことだこと。

わたしってやっぱり、ヘンな人!

lemon

9月 12th, 2009

hoozuki

25才の時からの一番の心友をとうとう亡くしてしまった。

癌の手術をし、肺にも転移したが、抗がん剤治療をしなかった。

癌と闘いながら苦しみながら一生を終えた恩師を見て、自分は癌と戦わないと決めた。

だから、わずか三週間前まで笛を吹き、車の運転をして教えに行っていた。

三週間前、突然歩けなくなり、寝たきりになり、食べれなくなり、飲めれなくなり

3日間だけ苦しんで亡くなった。

       ☆       ☆       ☆

お互い、長い歴史の苦楽を知っている者同士にしかない心の触れ合いがあった。

これからどれだけすばらしい友に恵まれようとも、長い歴史を共にした、という点で

勝るつきあいはありえない。

医学部を出て、精神科医として初めて勤務した日。

廊下の向こうからにこにこと近づいてきてくれて、ほっとした日のことを

忘れない。私は医師、彼女はソウシャルワーカーだった。

遠いむかし、青森でのことだ。

その後、私は金沢に、彼女は埼玉に。でもつきあいは続いた。

ところが、30年後に、なんという偶然か、お互いの結婚して落ち着いた先が

同じ県の近くの町だった。申しあわせたわけではない。ありえないことだ。

神様のイタズラかしらね、と笑いあった。

彼女はソーシャルワーカーをやめ、笛一本で生きていた。

このあたりでは今では名前の知られた横笛奏者だった。

ランチをしたこともない。旅行に行ったこともない。

お互いの家をゆききすることもあまりなかった。

長年の間、電話も彼女からかかってきたことはほとんんどなかった。

なのに、いつもここぞというとき、助けてもらった。

つかず離れずなのに、相手の心が手にとるようにわかる関係だった。

精神科医とソウシャルワーカーだったからかもしれない。

人の心を読む者同士だったからかもしれない。

涙が出ない、悲しくもない、辛くもない。

でも、昨日と今日では何かが違う。

私の人生は、両手でかかえきれないくらい、たくさんのものをもらう人生だった。

だからこれからは失うものが多くなる。どんどんどんどん失っていく。

でも思い出は増えていくよ。魂の世界は深くなっていくよ。

人の顔のうつった写真を本人に無断でインターネットに

載せてはいけない。それはぜったい守るべきマナーだ。

亡くなる前「ブログに載せていい?」って聞いたら、いいよと言ってくれた。

雪の日、二匹の愛犬と遊んでいる写真をもらってきて、リースに入れた。

私のピアノの音色を優しいといつもほめてくれた。

7年前、彼女と夫と私とで大きな文化ホールを借りきって演奏会をした。

私が結局、練習をしておかず弾ける曲がなかったので観客は娘ひとりになった。

ピアノはさぼりっぱなしで、結局、一曲も弾けるようになっていなかったことが

一番悔やまれる。

rumiko

9月 6th, 2009

asamado

最高のお天気。

景色も陽あたりも良い窓辺、温度は20度で暑くなく寒くない。

レモンも寝そべって外を見るのが好きだ。

わたしも今日こそゆっくりしよう。

わが家は広くてゆったりした木の家。

こんな日に家でゆっくりしなかったら家を建てた意味がない。

レモンとも遊ぼう。

asa

夏の忙しさの証拠は、山のように積まれた新聞。

どさーっと山のように新聞の積まれた一角がある。

ここ一ケ月、新聞を読んでいないのだ。

新聞はおろか、テレビを見る暇も、電話する時間もない。

私の忙しさとゆとりは積まれた新聞の量で、いつだって測ることができる。

でも、やっぱり出かけてしまった。

夫が運転してくれる休日に行くほうがラクと思い、

結局今日も友人の見舞いに出かけた。

そんなわけで夜になっても新聞の山は崩れなかった。

しなければいけないあれやこれやでイライラする。

「いらいらするわ」というと、

夫が「すんでしまった新聞なんか捨ててしまえばいい」という。

それもそうだな、と思う。そうしなくてはいけないのだと思う。

でもこだわってしまうのだ。

一ケ月分の新聞は、また明日に持ちこされることになった。

しかし明日からは、その日の新聞はその日に読めると思う。

夏が過ぎ、秋が訪れるとまた忙しいけれど、夜が長いから・・・・・・・

sinbun

9月 5th, 2009

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当直明けでちょっと疲れていたが、なかなか行けないので友人を訪ねた。

一緒に生前葬コンサートをやろうと計画したのが遅過ぎたようだ。

生前葬なんて言いだしにくいものだけど、誰もが本当は心の片隅で

思っているものらしい。だからもっと早く言ってもよかったんだ。

というのは、今あわててつぎつぎとみんなが見舞いに訪れてくるが

今となっては、本人は苦しいだけだもの。

なんでも、今日か明日かと迷っている暇があったら行動に移すことだ。

ちょっと後悔している。

こんな美しい景色の高台に家はある。

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大きな樹があって。

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お天気がよく、日当たりのよい窓辺の緑もきれいだ。

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あっという間に寝たきりになり、話すのも辛そうだった。

今の時代、家で死ぬというのは、もっとも贅沢な死に方だ。

入院したほうが。

入院させたほうが。

よほどよほどラクだ。

家で死ぬということは、本人にも覚悟がいるし、まわりもうんと大変。

なんでもてっとり早いほう、ラクなほうを選ぶ時代だから、なかなか家で、と

切り出すことは、本人からも家族からも言い出しにくい。

でも彼女には信念があるから。

まあ、立派なものだ、つくづく感心しながらちょっとお手伝いをした。

15歳も年上のご主人は半分ぼけておられて深刻味がないので

涙を誘わなくてすむ。それもラクでいい。

でも 愛犬がさびしそうだった。

jiro

ジローって言う。

優しい目をした犬だなあと思った。

もうこの家には住めない。

一番さびしいのはジローかもしれない。きっとそうだ。

人間はまた新しい希望を見つけることができるけれど、

犬には主体性がないから、一番さびしいのはジローかもしれないと

思えてくる。

yasasime