nekoonna

10年前から知り合っている画家の方の展覧会に夫婦で出かけました。

夫婦共通の知人で、かっての私の絵の先生です。

その方は、もとは会社にお勤めだったらしいのです。

でも私たちが知りあった頃は、絵を描く仕事につきたいので会社をやめた、と

おっしゃっていました。その頃もう40才を越えておられました。

でも、人間には生活というものがありますから、今日から好きなことをします、

というわけにもいかないことが多い。

生活のことがありますし、周囲の理解を得るのも大変なこと。

また自分自身でも自分はわがままなんじゃないかと悩んだり、

本当に才能があるだろうかと迷ったりすることもあるのではないでしょうか。

ですから私たちは、ひそかに応援しているというか、ファンでした。

展覧会に行ったのは久しぶり。

でも、今日の展覧会にはエネルギーとオーラを感じました。

10年の歳月の重みをずっしりと感じました。

neruonna1

デジカメを忘れていった私は、わざわざピアノ レッスンのあと、車を走らせて

写真を撮りに出かけなおしたほどです。

e1

絵描きにとって、50才半ばというのは、まだ鼻たれ小僧のような年齢。

50才、60才になって「これからが楽しみ、ますます楽しみ」などといえる人など、

何人いるでしょう。

いないですよ。

それがうらやましいです。

わたしの仕事も「いくつになってもできるね」といわれます。

できるだけでも有難いと思わなければいけませんが、しかし。

「やろうと思えば出来る」のと「年とるほどに楽しみになる」のとでは、

根本的に違いがあります。

精神科医は、若いほどいい場合もあります。純粋さ、みずみずしさ、若々しいセンス・・・・・

私はそうやって若いころに、いい思いをしてきたのですから仕方ありません。

ただ惰性で続けている開業医や会社の社長など山のようにいるでしょう。

でも、若々しいセンスと成熟した能力を同時に持つのは、並大抵ではない。

ただ単に年齢を重ねるだけでなく、「だんだんいい味を出してきたね」

「年を重ねるほどに素敵ね」といえる何かを持ちたいと思うのは

私の単なる贅沢ではないと思う。

それがわたしの夢です。

夢に向かってひそかに計画をたて、努力だけはしたいと思っています。

えっ?それって何、 ですって?

ピアノですよ、90才くらいでピアニストになりたいの。

 

えっ?無理? でも夢は持ち続けますよ。

 

30年をただ過ごすのと、夢を持ち続けるのとでは、ぜったい違うってこと。

今日の画家・宗田さんがよっく教えてくれたわ。しっかりとこの目で確かめたもの。

下の写真は今日のおマケ。

展覧会で知り合った80才近いという男性とトイレの前でばったり。

お茶を誘われて、話しこんでしまいました。

こんなに若く楽しい80才なら、私も憧れてしまいます。

「コツは?」とお聞きしました。

「ちょっぴり借金を持って、がんばらざるを得ないように持っていくこと」

「フットワークを軽く、とにかく家にこもらないこと」の2つだそうです。

omake

家の周囲、今日は丸一日、霧の中でした。

kiri2

This entry was posted on 土曜日, 3月 6th, 2010 at 8:07 PM and is filed under 未分類. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.

Comments are closed.